『道化の踊り - ダーグ・ヴィレーンの音楽』
スウェーデンのクラシカル音楽作品の中でもっとも演奏される機会の多い曲《弦楽オーケストラのためのセレナード》をのぞき、ダーグ・ヴィレーン Dag Wirén(1905-1986)の作品は、ほぼ同時代のアルヴェーンやアッテルベリの音楽ほどには人気があるとは言えないようです。交響曲、弦楽四重奏曲をはじめとする室内楽作品など、いずれもすっきりした旋律と簡潔な構成をもつ充実した作品ですが、その禁欲的ともいえる作風が人気の面では災いしているのかもしれません。《セレナード》にしてもキャッチーなメロディをもつ割には全体としてはあっさりとした印象があり、「イタリアへの憧れ」が心地よい情趣をそえるステーンハンマルの同タイトルの作品のようには特別な愛着の対象となる音楽になれないのかもしれません。
ヴィレーンは演劇や映画の監督 -- イングマル・ベルイマンの1954年の作品《愛のレッスン(En lektikon i kärlek)》も彼が担当しています -- そしてバレエの振付師からは重宝がられ、二十代にすでにこういった分野のための音楽を書き始めています。特に演劇監督のアルフ・シェーベリには7つの作品で協力し、そのなかには《ロミオとジュリエット》や《ハムレット》など、5つのシェークスピア作品が含まれています。
スウェーデンのレーベル nosag のヴィレーン作品集(CD 041) に収録された《ロマンティック組曲》は、そのひとつ、1944年の《ヴェニスの商人》の1961年再演の際の改訂版から5曲を選んで作られた演奏会用組曲です。メランコリックな第1曲《なぜこうも悲しいのかわかりさえすれば》(アントーニオの独白)、楽しい第2曲《ヴェニスに行く》、第3曲の情熱的な《(シャイロックの娘)ジェシカのためのセレナード》。それぞれ1分から2分程度の短い曲の中に場面の性格が的確に描写されていて、ヴィレーンが劇音楽作家として信頼される存在であったことがわかります。《道化の踊り》と《ポーシャの城のオーケストラ》では「戯れ気分」と「優雅さ」という対照的な性格がうまく描き分けられていて、組曲にまとめたくなったヴィレーンの自信のほどがわかります。
このアルバムの最後の曲、バレエ《舞台の上で位置について》は、作曲を依頼した振付師ユリウス・メンガレッリ Julius Mengarelli が初演の直前に急死したことから上演が中止になり、そのまま演奏される機会がなかった作品です。バレエの上演と、いざ公演が始まるとなると何が起こるのかを扱った物語ということなので、オーディション風景そのものをミュージカルにした《コーラスライン》やオペラを上演するまでの人間模様をコミカルに描いた映画《ミーティング・ヴィーナス》のように、内幕物にしばしばみられる、興味深い作品になっていたのではないでしょうか。そしてヴィレーンの書いた曲は、バレエそのものを見てみたくなるような、ユーモラスなタッチの音楽です。
このアルバムにはもうひとつ、独奏楽器と管弦楽のための曲としては彼の最後の作品となった《フルートと小管弦楽のための小協奏曲》が収められています。無駄をはぶいた、「無愛想で無口」と言われそうな音楽なので、まるで謹厳居士の話でも聞かされているかのような錯覚をおこすかもしれません。でも、つきあっているあいだに妙に存在が気になり、忘れられなくなる作品です。1972年の作曲。1974年1月20日、ボリエ・モレリウスのフルート、ギャリー・ベルティーニ指揮スウェーデン放送交響楽団による放送で初演されました。このアルバムの録音セッションには、ロイヤル・ストックホルム・フィルハーモニック管弦楽団のソロ・フルート奏者、ヤン・ベンクトソン Jan Bengtson(1963–)が参加。「スウェーデンで最高のフルーティストのひとり」と言われる、情感と技巧のバランスのとれた素晴らしい演奏を聴かせます。
このディスクでダーラ・シンフォニエッタを指揮しているステファン・カルペ Stefan Karpe(1962–)は、1992年に指揮者デビューをしました。ヘルシンキのシベリウス・アカデミーでヨルマ・パヌラの下で学んだのち、スカンジナヴィア各地のオーケストラに客演し、エサ=ペッカ・サロネンがテレビのために製作したストラヴィンスキーの歌劇《放蕩者のなりゆき》で彼の助手を務めました。少年時代はストックホルム・オペラのボーイソプラノとして、その後は同管弦楽団のチェリストとして、そして現在は定期的にストックホルムのフォークオペラの指揮をするという具合に、彼は常にオペラと係わりつづけてきました。プロットのある音楽との相性の良さの感じられる指揮者です。
nosag CD 041 『道化の踊り(Gyckeldans)』
ダーグ・ヴィレーン(1905–1986)
ロマンティック組曲(Romantisk svit) Op.22(1943)
(劇付随音楽《ヴェニスの商人(Köpmannen i Venedig))》から)
「なぜこうも悲しいのかわかりさえすれば』(“Om jag bara visste”)
「ヴェニスに行く』(”Vi resa till Venedig”)
ジェシカのためのセレナード(Serenad för Jessica)
道化の踊り(Gyckeldans)
ポーシャの城の楽団(Portias slottsorkester)
フルートと小管弦楽のための小協奏曲 Op.44(1972)*
バレエ《舞台の上の位置について(Plats på scenen)》Op.32(1957)
第1場 事務職員の入場(Kontorspersonalens entré)
第2場 支配人が仕事を始める(Chefen sätter igång arbetet)
第3場 芸術家たちの入場(Artisternas entré)
第4場 曲芸師たち(Akrobaterna)
第5場 大きすぎるヴァイオリンの天才が両親に連れられ
(Det förvuxna violinunderbarnet med föräldrar)
第6場 綱渡り芸人(Lindanserskan)
第7場 パ・ド・カトル(Pas de quatre)
第8場 パ・ド・ドゥへの前奏曲(Förspel till Pas de deux)
第9場 事務職員の入場(Kontorspersonalens entré)
ダーラ・シンフォニエッタ ステファン・カルペ(指揮)
ヤン・ベンクトソン(フルート)*
録音 1999年1月18日–21日 クリスティーネホール(Kristinehallen)(ファールン、スウェーデン)
録音エンジニア・編集 ラーシュ・ニルソン
価格 2,695円(税込価格)(本体価格 2,450円)
[1999年9月15日の Newsletter の文章を加筆修正して掲載しました]