『スウェーデンのヴァイオリン・ソナタ』

 
20世紀前期スウェーデンの音楽を紹介する「Musica Sveciae Modern Classics(ムシカ・スヴェシエ・モダンクラシクス)」の第5作がリリースされます。
 
シーグルド・フォン・コック Sigurd von Koch(1879-1919)の《ヴァイオリン・ソナタ ホ短調》は、それまで歌曲やピアノ独奏のための作品を作曲していた彼の転機になった作品と言われています。この作品の前に書かれたヴァイオリン・ソナタが1曲あったようですが、失われてしまい、このホ短調の曲が現在聴くことが出来る彼の唯一の「ヴァイオリンとピアノのための」ソナタです。彼は、子供のころからヴァイオリンを弾くことが得意だったばかりか、10代から習い始めたピアノも相当の腕前だったらしく、1903年にトゥール・アウリン指揮のストックホルム・コンサート協会オーケストラ(王立ストックホルム・フィルハーモニー管弦楽団の前身)と共演してグリーグのピアノ協奏曲を演奏した記録が残されています。1905年、外遊先のベルリンとドレスデンで当時の音楽の潮流に触れ、特にドビュッシーの音楽から強烈な印象を受けたとされています。
 
かなりの自由人だったようで、ストックホルム群島(アーキペラーゴ)と海に主題をとった絵画や短編小説を作るという多才ぶりも発揮しました。オーネという島には自宅を建てたことからも、群島の自然が芸術家フォン・コックにとっては欠かせないものだったことがうかがえます。
 
このヴァイオリン・ソナタは、基本的に印象主義的もしくは抒情的と言える作風で描かれています。全3楽章の統一感を保つために構成上の工夫をしているあたり、同時代の作曲家でも、アルヴェーンやアッテルベリよりは、むしろステーンハンマルやアウリンに近い意識をもっていた人のように思われます。自由なソナタ形式をとり、音楽の性格やテンポが様々に変化する第1楽章「アンダンテとアレグロ、モルト・エネルジーコ」、感情と表現の起伏の大きい第2楽章「アンダンティーノ」、旋律が浮かぶにまかせて書いたかのような幻想曲風の第3楽章「プレスト」。第1楽章の開始の旋律が再現して曲を閉じます。
 
ヒルディング・ルーセンベリ Hilding Rosenberg(1892-1985)の《ヴァイオリン・ソナタ第2番》は、1940年の作品です。彼の主要な曲が集中した時期にあたり、クリスマスオラトリオ《聖なる夜》(1936)、歌劇《マリオネット》とバレエ《街のオルフェウス》とオラトリオ《ゴルゴタの丘》(いずれも 1938)、《交響曲第3番》と《弦楽四重奏曲第4番》(ともに 1939)、歌劇《王の二人の娘》(1940)とつづき、このソナタのあとに第4番の交響曲《ヨハネの黙示録》(1940)の初稿が作曲されました。《ヴァイオリン・ソナタ》について、ライナーノートを書いたレッナールト・ヘードヴァル Lennart Hedwall は「新古典的な姿勢の作品ではありながら、肩の力のぬけた、溌剌としたディヴェルティメント」と述べています。第1楽章「アレグロ」開始の牧歌的なカンタービレの主題を聞くと、「モダニスト」のイメージのあるルーセンベリの音楽かと思ってしまいますが、この旋律に含まれるリズムの要素が次第に力を得るようになり、そのままフィナーレに突入していくあたり、明らかにルーセンベリらしい緻密な書法が感じられます。醒めたロマンティシズムを漂わせる第2楽章「レント・カンタービレ」。五音音階の動的な主題が縦横に活躍する、生き生きとして変化に富んだ第3楽章「アレグロ・アッサイ」。16分余りの音楽の中に作曲者の意志が鮮やかに表現された作品です。これから彼の音楽に触れるには最適な曲かもしれません。
 
このアルバムに収録された3人の作曲家の中でもっともユニークなの人が、H・メルケル・メルケシュ H. Melcher Merchers(1882-1961)です。14歳でストックホルム音楽院に入学し、1903年に音楽教師として卒業。対位法と作曲法の学習をつづけながらストックホルムのいろいろなオーケストラでヴァイオリンとヴィオラの奏者としての活動をしたという経歴の持ち主です。1905年から1919年までパリに滞在、フランスびいきが高じて「メルケル・スヴェンソン Melcker Svensson」という元の名前まで変えてしまいました。スウェーデンに戻ってからは音楽理論を教えることに力を注ぎ、その合間に管弦楽曲から室内楽曲まで主要な作品だけでも10近くの曲を書いています。
 
《ヴァイオリン・ソナタ》 Op.22 は、彼のフランス趣味の感じられる美しい作品でありながら同時に、近代スウェーデンを代表するソナタと呼べる堂々とした内容の作品です。第1楽章「モデラート」の開始すぐ、ピアノに聞かれる抒情的な主題は、フランスの映画音楽作曲家 -- たとえばフランソワ・トリュフォーの《突然炎のごとく(Jules et Jim) 》の音楽を担当したジョルジュ・ドルリュー-- も羨むのではないかと言いたくなるくらい「フランス」の香りのする旋律です。第2楽章「アダージョ、モルト・エスプレシーヴォ」の憂うつな雰囲気が支配的な音楽のあと、主題が有機的な展開をする「かなりの幅のあるソナタ形式」(ヘードヴァル)の第3楽章「アンダンテ、モルト・ソステヌートとアレグロ 」 ではメルケシュの手腕が発揮され、見事なフィナーレとなっています。
 
ヴァイオリンを弾いているセシリア・シリアクス Cecilia Zilliacus(1972–)は王立ストックホルム音楽大学でハラルド・テデーンに師事し、その後ケルンでミハエラ・マーティンに学びました。ソリストとしてスウェーデン各地のオーケストラと共演、そしてタンメル四重奏団 Tämmel Quartet をはじめとする室内楽活動にも参加しています。彼女の演奏は、作品に対する愛着が感じられ、何よりも、チャーミングな旋律の歌わせ方がえも言われず魅力的です。室内楽を得意とするベンクト=オーケ・ルンディン Bengt-Åke Lundin(1962–)も、彼女の音楽に寄り添った、素晴らしい共演を聴かせます。
 
このシリーズの他のCDと同様、スウェーデンの彫刻家カール・ミレス Carl Milles(1875-1955)の作品がジャケットのアートワークに使われています。彼は、1920年からストックホルムの美術高校で教えた後、1929年にアメリカのミシガン州に活動拠点を移して製作をつづけました。ワシントンDCの国立記念公園にはミレスの大モニュメント彫刻が、セントルイス市街にも彼が製作した巨大な彫刻の噴水があります。ストックホルム・コンサートホールとヨーテボリ美術館の噴水彫刻も有名で、ストックホルムの中心から少し離れたリーディゲンゲー島にある彼のアトリエ兼住居は、現在、ミレスゴーデン Millesgården として公開され、古代ギリシャやローマのコレクションとともに彼の彫刻群と噴水が大きな庭園いっぱいに展示されています。スウェーデンの人が、ストックホルムを訪れる際にはぜひお立ち寄りなさい、と勧めてくれる名所のひとつです。20世紀スウェーデンの意欲的な品群と調和する強い表現力のある彼の作品を選んだところに、このシリーズに携わるひとたちの豊かな感性を感じます。
 
このシリーズのこれまでリリースされたタイトルの中でも、指折りの素晴らしいアルバムです。
 
Phono Suecia PSCD 705
『スウェーデンのヴァイオリン・ソナタ(Svenska Violinsonater)』
シーグルド・フォン・コック(1879–1919)
 ヴァイオリン・ソナタ ホ短調(1913)
ヒルディング・ルーセンベリ(1892–1985)
 ヴァイオリン・ソナタ第2番(1940)
H・メルケル・メルケシュ(1882–1961)
 ヴァイオリン・ソナタ Op.22(1928)
  セシリア・シリアクス(ヴァイオリン)
  ベンクト=オーケ・ルンディン(ピアノ)
 
録音 1998年12月15日–18日 スウェーデン放送第2スタジオ(ストックホルム)
制作 エーベルト・ヴァン・ベルケル
録音エンジニア イアン・シーダホルム
 
価格 2,695円(税込価格)(本体価格 2,450円)
 
[1999年11月の Newsletter の文章を加筆修正して掲載しました]

LinkIcon Previous      Next LinkIcon