『 《姿を変えた神》を英語で』

 
ラーシュ=エーリク・ラーション Lars -Erik Larsson(1908-1986)は早くから作曲家として認められていました。王立スウェーデン音楽アカデミーの音楽院(現、王立ストックホルム音楽大学)在学中に作曲したバリトンと管弦楽のためのバラード《フィドル弾きの最後の旅(En spelmans jordafärd)》が、1927年に学内コンサートで演奏され、作曲家としてデビュー。ストックホルム・コンサート協会のプログラムに選ばれた《シンフォニエッタ(Sinfonietta)》(1932)で彼の名が一躍高まりました。この曲は、ヨーテボリで初演された後、ISCM(国際現代音楽協会)の 1934年 World Music Days(世界音楽の日々)で再演され、ラーションが国際的にも注目されるきっかけを作りました(両曲とも Phono Suecia PSCD 714 に収録)。
 
スウェーデン放送時代に作曲し、彼の代表作のひとつとなったのが《姿を変えた神(Förklädd gud/God in Disguise)》(変装した神/偽装の神)。1936年からスウェーデン放送に所属し、演出を担当していた詩人ヤルマル・グッルベリ Hjalmar Gullberg(1898-1961)が1933年にまとめた詩集『20世紀における愛』 の中の物語詩が基になった作品です。この詩は古代ギリシアを舞台に、笛を吹く羊飼いに身をやつし、オリンポスから地上に降りてきたアポロの姿を描きながら、妻を連れもどすため冥界に赴いたオルフェウスと「良き羊飼い(牧人)」イエス・キリストの姿も重ねられています。
 
この作品が提案された際、ラーションはすぐには引き受けず、翌1939年になって作曲に着手しました。彼が考えを変えた背景には第2次世界大戦の勃発がもたらした当時の暗い世相があったとされています。1940年4月9日、ナチス・ドイツがデンマークとノルウェーに侵攻。スウェーデンは中立(非同盟)を宣言していましたが、独立国としての存在が脅かされないという保証はありませんでした。
 
作曲が決まり、グッルベリはプロローグの一節を書き加えます。
 
  この世の強い者のためでなく、弱い者のために。
  兵士ではなく、黙々と土地を耕す、
  農夫たちのために
  ひとりの神が笛を吹く
  Not for the strong in the world but for the feeble.
  Not for the warlike, but for the humble
  who till the soils without a grumble,
  a god plays on a flute (English lyrics by John Hearn © 1990)
 
羊飼いとなったアポロが吹く笛の簡素なメロディに象徴される、のどかな牧歌の世界。この物語には、暴力に対する抗議のメッセージがこめられていました。《姿を変えた神》はラジオ放送されるなり、絶望感をもっていたデンマークとノルウェーの人々に希望と勇気を与えたと言われます。
 
この作品は、初演後も繰り返し演奏され、スウェーデン音楽の重要なレパートリーになりました。大戦の時代だけでなく21世紀の現在にも通用する普遍性がこの作品にあることの証です。
 
この曲はLPの時代から録音も多く、スティーグ・ヴェステルベリ(Swedish Society Discofil SCD 1020)とステーン・フリュクベリ(BIS CD 96)(「ラーション70歳記念コンサート」ライヴ録音) の演奏が、CD化されました(ステファン・パルクマンの Proprius 録音は未CD化)。その後、エサ=ペッカ・サロネン(廃盤)、ペッテル・スンドクヴィスト(Marco Polo 8.225123)とエヴァ・カルペ(nosag CD 064)がCD録音しています。
 
Intim Musik の新録音(IMCD 082)では、スウェーデンのヨンショーピング・シンフォニエッタ Jönköping Sinfonietta をクリストファー・ウォレン=グリーン Christopher Warren-Green が指揮しています。この録音の最大の特徴は、イギリスの作曲家ジョン・ハーン John Hearne による英語のテクストが使われていることです。入念な作業によるこの翻訳が見事で、特有の言葉の抑揚をもつスウェーデン語が英語に置き換えられたことによる不具合はまず感じられません。第1の詩「夜明けの大気の歌を笛で吹くのは誰だ(Who playes upon a pipe as the dawn awakes the land?/Vem spelar på en pipa en låt av gryningsluft)」の最後の1行「かぐわしい干し草の上で(地上のわらの上で)(på jordisk halm)」を "on fragrant hay" としたことにみられるように、英語のリズムとラーションの旋律がうまく重なります。この演奏に独特のリズム感があるのは、この英語のテクストも関係しているような気がします。
 
ウォレン=グリーンは、Academy of St-Martin-in-the-Fields のコンサートマスターなどを経て、1998年から2002年までヨンショーピング・シンフォニエッタ の首席を務めたイギリスの指揮者です。構成を把握し、透明な響きをもった躍動感のうちに、音楽を自然に息づかせる。荘重に演奏されることの多い前奏曲でも、軽やかな流れを失っていなません(前奏曲の演奏時間は、ウォレン=グリーン 4分03秒、スンドクヴィスト 4分14秒、フリュクベリ 4分29秒、ヴェステルベリ(Swedish Society)4分48秒、カルペ 5分17秒)。コーラスがアカペラで歌う第9の詩(「人の目がわれらを静かな愛の祭りに誘うとき(When with a beck'ning glance we are welcomed to love's feast/Bjuderett mänskoöga till stilla kärleksfest)」)では内省する音楽をじっくり聴かせます。
 
ヨンショーピングは、スウェーデンの南部、ラーションが生まれたオーカープ Åkarp と同じスコーネ地方の都市です。音楽の古い歴史があり、17世紀にはすでにオーケストラをもっていました。ヨンショーピング・シンフォニエッタは約40人の編成。ヨンショーピング室内合唱団は1968年に結成され、エリザベス朝のマドリガルやバロック作品から現代曲まで、幅広いレパートリーをこなしています。
 
ソプラノのシャネット・シェーン Jeanette Köhn はエーリク・エーリクソン室内合唱団の出身。1992年から独唱者としてスウェーデン内外の舞台に立っています。バリトンのトマス・ランデル Thomas Lander は、ハンブルク州立オペラやウィーンのフォルクスオーパーなど各国のオペラハウスでも活躍しています。シューベルトとシューマンを中心とする歌曲も得意とし、ペッテション=ベリエルの歌曲集(Muisca Sveciae MSC D619)が代表的録音の一枚です。ナレーションのスヴェン・ヴォルテル Sven Wollter はスウェーデンを代表する俳優のひとり。舞台、テレビ、映画と幅広く活動、タルコフスキーやビレ・アウグスト(アウゴスト)の映画にも出演しています。格調高い彼の英語に味わいと説得力が感じられます。
 
録音は、ミーケル・ベリエク Michael Bergek が担当しました。プロデューサーのヤン・ユーハンソンの気に入りのエンジニアです。ベリエクの録音では、会場の臨場感の再現より家庭で音楽を楽しむための音作りの方に力点がおかれています。巧みなミクシングのおかげでナレーションと管弦楽のバランスが自然で、声をとりまく空気感、そして、ひろがりと奥行き感が表現されます。
 
このアルバムには《冬物語》《小セレナード(Liten Seranad)》《田園組曲》も収録されています。《姿を変えた神》を英語で演奏したことも合わせ、ラーションの音楽がさらに広く親しまれてほしいという、制作者の願いが感じられます。
 
[注 初演日は1940年の4月1日か5月31日のいずれかとされています。このディスクの解説を書いたペーテル・ルンディン Peter Lundin は前者をとり、スウェーデン音楽情報センター(SMIC)の資料も4月1日です。しかし、ラーションの《12の小協奏曲》に関するスウェーデン放送の本(1957年)の作品リストでは5月31日の放送が初演となっており、この作品がデンマークとノルウェーの国民を勇気づけたということを考えると、ドイツ軍占領中の5月31日のほうが可能性が高いかもしれないと、センターの友人から聞きました]
 
Intim Musk IMCD082
ラーシュ=エーリク・ラーション(1908-1986)
 抒情組曲(カンタータ)《姿を変えた神(God in Disguise/Förklädd Gud)》Op.24
 劇音楽《冬物語(En vintersaga)》 組曲 Op.18
 小セレナード(Liten serenad) Op.12
 田園組曲(Pastoralsvit) Op.19
  シャネット・シェーン(ソプラノ) トマス・ランデル(バリトン) スヴェン・ヴォルテル(語り)
  ヨンショーピング室内合唱団 ヨンショーピング・シンフォニエッタ
  クリストファー・ウォレン=グリーン(指揮)
 
録音 2001年12月、2002年2月 ヨンショーピング・コンサートホール(ヨンショーピング、スウェーデン)
制作 ヤン・ユーハンソン
録音 ミーケル・ベリエク
 
Lyrics in English by John Hearn used with kind permission from Intim Musik(Sweden)
 
価格 2,695円(税込価格)(本体価格 2,450円)
 
[2003年3月の Newsletter の文章を加筆修正して掲載しました] 
 
参考ディスク
BIS CD 96
ラーシュ=エーリク・ラーション(1908-1986)
 抒情組曲《姿を変えた神》Op.24
  ビルギット・ヌーディン(ソプラノ)
  ホーカン・ハーゲゴード(バリトン) ペール・ヨンソン(語り)
  ヘルシングボリ・コンサートホール合唱団
  ヘルシングボリ交響楽団 ステーン・フリュクベリ(指揮)
 交響曲第3番 ハ短調 Op.34
  ヘルシングボリ交響楽団 ステーン・フリュクベリ(指揮)
 
EMI Classics(Sweden) CMCD 6355
ラーシュ=エーリク・ラーション(1908-1986)
 抒情組曲《姿を変えた神》Op.24
  カタリーナ・リゲンツァ(ソプラノ)
  イングヴァル・ヴィクセル(バリトン)
  マックス・フォン・シドウ(語り) スウェーデン放送合唱団
  スウェーデン放送交響楽団 スティーグ・ヴェステルベリ(指揮)
 田園組曲(Pastoralsvit) Op.19
 抒情的幻想曲(Lyrisk fantasi) Op.58
  ストックホルム・フィルハーモニック管弦楽団
  ウルフ・ビョーリン(指揮)
 
Marco Polo 8.225123 
 抒情組曲《姿を変えた神》Op.24
 クリスマス・オラトリオ《聖なる夜(Den heliga natten)》(1936)
  カーリン・インゲベク(ソプラノ)
  アンナ・ラーション(メゾソプラノ)
  アンデシュ・ラーション(テノール)
  ヨン・エーリク・エレビュー(バス)
  フレイ・リンドクヴィスト(語り) アマーデイ室内合唱団
  スウェーデン室内管弦楽団 ペッテル・スンドクヴィスト(指揮)
 
nosag CD 064
ラーシュ=エーリク・ラーション(1908-1986)
 抒情組曲《姿を変えた神》 Op.24
ランドル・トンプソン(1899-1984)
 アレルヤ(1940)
クヌート・ニューステット(1915-)
 I will praise thee, o Lord(あなたを賛美します、主よ) Op.43 no.3
スティーヴ・ドブロゴス(1956-)
 頌歌(Cantica)
オット・オルソン(1879-1964)
 詩編120番「苦難の中から主を呼ぶと」
ニルス・リンドベリ(1887-1955)
 静かで、美しい夕べのひととき(Stilla, sköna aftontimma)
 聖霊降臨祭(Pingst)
  カーロッタ・ラーション(ソプラノ)
  グンナル・ビリエルソン(バリトン)
  マーク・レーヴェングッド(語り)
  エーンシェデ室内合唱団 スウェーデン放送交響楽団員
  エヴァ・カルペ(指揮)
 
Swedish Society Discoril SCD 1096
ラーシュ=エーリク・ラーション(1908-1986)
 抒情組曲《姿を変えた神》Op.24
  エリーサベト・セーデシュトレム(ソプラノ)
  エーリク・セデーン(バリトン)
  ラーシュ・エークボリ(語り)
  マッティン・リスタム・ヴォーカルアンサンブル
  スウェーデン放送交響楽団 スティーグ・ヴェステルベリ(指揮)
 小ミサ曲(Missa brevis) Op.43
  室内合唱団 エーリク・エーリクソン(指揮)
 裸の樹の歌(De nakna trädens sånger) Op.7
  オルフェイ・ドレンガル(OD) エーリク・エーリクソン(指揮)

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